AIが突然ものすごいハッキングを始めた

最近、情報漏えいが多すぎないか?
AIで変わったのは「攻撃力」より「攻撃の値段」なのかもしれない

最近、企業へのサイバー攻撃や個人情報漏えいのニュースをやたら目にする。しかも今はAIまで絡んできた。

ただ、調べてみると、「AIが突然ものすごいハッキングを始めた」という単純な話ではない。むしろ、昔からある攻撃にAIという安くて速い作業員が加わり、攻撃一件あたりのコストが下がっている、と考えた方が分かりやすい。

AIを使わない人ほど「AIなら何でもできる」と思う?

AIをあまり使ったことがない人からすると、「AIなら何でもできる」ように見える。

ところが毎日のように使っていると、印象はかなり違う。AIは間違えるし、勘違いもする。指示が悪ければ平気で違う方向へ進むし、最後は人間が確認しなければならないことも多い。

個人的には、AIは何でもできる天才というより、ものすごく安くて、速くて、休まず働く作業員という感覚に近い。

これはサイバー攻撃をする側にとっても同じだと思う。

会社を調べる。公開されているシステムを調べる。脆弱性情報を整理する。プログラムを書く。エラーの原因を調べる。大量の文章を作る。

こうした、人間が時間を掛けていた地味な作業をAIに任せられるだけでも、攻撃コストはかなり下がる。

AI自身が世界一のハッカーになる必要はない。
人間が1時間掛けていた仕事を10分でやってくれるだけでも、攻撃する側には十分な価値がある。

無料・低価格のAIが広がり、攻撃の採算ラインが下がる

さらに大きいのが、AIそのものが急速に安くなったことだ。

一般向けにも無料で使える高性能AIが増え、さらにAIモデルそのものを入手して自分のコンピューターやサーバーで動かせる「オープンウェイト」のモデルも広がっている。

Anthropicは2026年、中国Z.aiのGLM-5.3について、ChromeのV8エンジンの脆弱性を利用する攻撃コードを作る試験で、高いサイバー能力を示したと報告している。

重要なのは、最近の日本企業への攻撃がこのAIによるものだと確認された、という話ではない。

本当に大きいのは、高度な作業を助けられるAIが、安価に、場合によっては無料で使えるようになっていることだ。

以前なら「小さな会社を何時間も調べても割に合わない」と判断されたものでも、AIを使って100社、1000社を安く調べられるなら話が変わる。

つまりAIによって、攻撃対象として採算が取れる企業の範囲そのものが広がる可能性がある。

しかし、実際の侵入口は意外と昔ながら

ここはかなり重要だ。

「AIサイバー攻撃」と聞くと、AIが難しい暗号を突破して会社へ侵入してくるイメージを持つ。しかし現実には、昔からある弱点が今も重要な侵入口になっている。

警察庁も、ランサムウェアでは、VPN機器などインターネットに露出した機器の未修正の脆弱性、漏えいした認証情報、弱いパスワード、設定不備などを悪用した侵入に注意を呼びかけている。

特にVPN機器については、脆弱性を放置せず、メーカーが提供する修正プログラムや最新版のファームウェアを適用することが重要になる。

最近の事件でも、Webサイトなどで使用していたソフトウェアの脆弱性を悪用されたケースがある。

AI時代でも、まず必要なのは地味な基本対策。
  • VPN機器やネットワーク機器を更新する
  • ソフトウェアにセキュリティパッチを当てる
  • 多要素認証を使う
  • 不要なサービスをインターネットへ公開しない
  • EDRなどで不審な動きを検知する
  • ログを残して、事故時に追跡できるようにする

AIが新しい入口を作ったというより、昔から開いている入口を、より安く、速く、大量に探せるようになったと考える方が現状に近いのだと思う。

ダークウェブでは「攻撃そのもの」が分業化されている

今回見た動画で特に印象的だったのが、ダークウェブでのサイバー犯罪のやり取りだ。

ダークウェブというと、凄腕のハッカーが集まり、一人で最初から最後まで攻撃しているようなイメージがある。しかし実際は、犯罪自体がかなり分業化している。

例えば、ある攻撃者がVPNやWebシステムなどの弱点を見つけ、会社のネットワークへ入れる状態を作る。

ところが、その人自身がランサムウェアを仕掛けるとは限らない。

「この会社に入れる」
「この会社の有効な認証情報を持っている」

という「入口」自体を、別の犯罪者へ売ることがある。

こうした役割はInitial Access Broker(IAB、初期アクセス仲介業者)と呼ばれる。

そのほかにも、盗んだIDやパスワードを売る人、マルウェアを作る人、ランサムウェアを提供する人、盗んだデータを販売する人、身代金交渉をする人など、役割が分かれている。

ランサムウェアについても「RaaS(Ransomware as a Service)」と呼ばれる仕組みがある。攻撃用のランサムウェアやリークサイトなどを提供する側と、実際に企業へ攻撃する側が別になっている。

昔のように「ものすごく詳しい一人のハッカーが全部やる」という世界ではなく、サイバー犯罪そのものがサービス化・分業化されている。

盗んだデータも商品になる

ダークウェブで売られるのは「会社への入口」だけではない。

盗まれたメールアドレス、ID、パスワード、個人情報、企業データなども商品になる。

一度盗まれた情報が、別の犯罪者へ売られ、フィッシング詐欺、なりすまし、別の企業への侵入、恐喝などに再利用されることもある。

ランサムウェアの「リークサイト」

最近のランサムウェアは、会社のファイルを暗号化するだけではない。

先に情報を盗み、

「金を払わなければ、この会社から盗んだデータを公開する」

と脅す「二重恐喝」も行われる。

攻撃グループがダークウェブ上にリークサイトを作り、企業名や盗んだデータの一部を掲載することもある。

そのため、企業自身が侵入に気づく前に、外部のセキュリティ会社などがリークサイトを監視していて「あなたの会社の情報が掲載されています」と知らせるケースもある。

ここは、後で出てくる「本当に事故がないのか、それとも気づいていないだけなのか」という話にもつながる。

AIはダークウェブを作ったわけではない

こうした犯罪市場は、AIが登場する前から存在していた。

AIがダークウェブやランサムウェアを発明したわけではない。

ただしAIによって、会社の下調べ、対象の選別、文章作成、コード作成、翻訳、盗んだ情報の整理などが安くなる。

つまり、AIによって変わっているのは、サイバー犯罪そのものより「犯罪を行うための人件費」なのかもしれない。

AIに機密情報を入れると、ハッキングされるのか?

もう一つ、生成AIについて混同されやすい話がある。

「生成AIに機密情報を入れると、その情報がハッカーに盗まれる」というイメージだ。

しかし、AIへ情報を入力しただけで、それが即座にハッカーへ流れるわけではない。

この違いが分かりやすいのがRIZAPの事例だ。

2026年9月、RIZAPは、社員がデータ集計作業中に個人で利用していた外部の生成AIサービスへ顧客情報を誤ってアップロードしたことを公表した。

そこには氏名、生年月日、メールアドレス、保険証の記号番号、住所や電話番号の一部、疾患情報などが含まれていた。

しかしRIZAPがAIサービス事業者へ確認した結果、今回の情報について、一般の第三者に閲覧された可能性や、AIモデルの学習に利用された可能性はないと説明されている。

つまり「AIからハッカーへ盗まれた事件」ではない。

問題は、会社が管理する顧客情報を、社員が許可されていない外部AIサービスへ送ってしまったことにある。

ここで重要なのが、

「AIの学習に使わない」ことと、「そのAIサービスへ機密情報を送ってよい」ことは別

という点だ。

AIがその情報を学習するかどうかだけではなく、会社の管理外にあるサービスへ情報を送信してよかったのか、という問題が残る。

SKYSEAを入れれば防げるのか?

企業のPC管理でよく使われるSKYSEA Client Viewについても調べてみた。

結論からいうと、SKYSEAを入れただけで、VPN機器やWebシステムの脆弱性を突いた外部からの侵入を防げるわけではない。

SKYSEAの中心は、PCの資産管理、操作ログ、Web利用記録、USBやファイル操作の管理、Webアップロードの制御などだ。

つまり役割としては、外からの攻撃を全部止める「盾」というより、

会社のPCで「誰が、いつ、何をしていたか」を残す防犯カメラや操作記録

に近い。

事故が起きた時に原因を追ったり、危険な操作を制限したりするには役立つが、VPN機器そのものの脆弱性を塞ぐ製品ではない。

VPNの穴を防ぐならVPN機器を更新する。不審なプログラムや挙動を検知・隔離するならEDRなどを組み合わせる。

つまり、セキュリティは一つの製品を入れれば終わりではなく、役割の違う対策を組み合わせる必要がある。

情報漏えいが増えたのか、それとも「見つかるようになった」のか

そしてもう一つ考えておきたいのが、「暗数」の問題だ。

最近、情報漏えいニュースが増えているからといって、すべてが新しく発生した事故とは限らない。

以前なら気づかなかったものが、今は見つかるようになった部分もある。

この話で分かりやすいのが、文部科学省の「いじめ」の統計だ。

令和6年度のいじめ認知件数は約76万9千件と過去最多になった。重大事態も1,405件で過去最多だった。

数字だけを見ると、

昔よりいじめがものすごく増えた

ように見える。

しかし「認知件数」という言葉が重要だ。

アンケートや相談体制を整え、小さな問題まで積極的に拾えば、当然「認知件数」は増える。

一方、重大事態になったケースの中には、それまでいじめとして認知できていなかったものも相当数ある。

件数が少ない=問題が少ない、とは限らない。

「本当に問題がない」のか、「問題を見つける仕組みがない」のかは全く違う。

これは情報セキュリティでも同じだと思う。

会社が「情報漏えい0件」と言っていても、本当に何も起きていないのか、それとも侵入や情報流出を発見できていないだけなのかは分からない。

ログを取る。不審な通信を監視する。EDRを導入する。ダークウェブのリークサイトを監視する。

こうした仕組みを強くすれば、今まで見つからなかった事故が見つかるようになる。

その結果、統計上の事故件数は増えるかもしれない。

しかし、それは必ずしも悪化を意味しない。

「事故が0件」と「事故を0件しか発見できない」は全く違う。

AI時代に本当に変わったもの

ここまで調べてみると、最近のサイバー攻撃について少し見え方が変わってくる。

AIが突然すべての会社をハッキングできるようになったわけではない。

ダークウェブも、ランサムウェアも、VPNの脆弱性も以前からあった。

AIが安くなった。
無料で使える高性能AIが増えた。
オープンウェイトAIも広がった。
サイバー犯罪自体も分業化・サービス化している。

その結果、会社を調べるコスト、コードを書くコスト、詐欺メールを作るコスト、盗んだ情報を整理するコストなどが下がっている。

だからAIによって変わったのは、単純な「攻撃力」だけではなく、

「攻撃一件あたりの値段」

なのかもしれない。

そして実際の入口は、今でもVPNやソフトウェアの脆弱性など、昔からあるものが多い。

だから対策も結局は、

穴を塞ぐ。更新する。多要素認証を使う。異常を見つける。ログを残す。

という基本に戻ってくる。

AIがどれだけ進化しても、最後に会社を守るのは、案外こういう地味な対策なのかもしれない。

参考にした動画

今回の記事を考えるきっかけ・参考にしたYouTube動画です。記事中の事実関係については、動画だけでなく警察庁・文部科学省・企業発表などの公開資料も確認しています。

参考動画① サイバー攻撃・AIと攻撃コストについて
参考動画② 情報漏えいの「暗数」について
参考動画③ 高度なAIのサイバー能力と攻撃コストについて
参考動画④ 企業への不正アクセス・ダークウェブについて
参考動画⑤ 「学習に使わないAI」に機密情報を入れてよいのか
主な参考資料
・警察庁「ランサムウェア被害防止対策」
https://www.npa.go.jp/bureau/cyber/countermeasures/ransom.html

・Anthropic「GLM-5.3 and the spread of advanced cyber capabilities」
https://www.anthropic.com/research/glm-5-3-and-the-spread-of-advanced-cyber-capabilities

・RIZAP「生成AIサービスへの個人情報の誤入力に関するお知らせ」
https://business.rizap.jp/news/2492

・文部科学省「いじめの状況及び文部科学省の取組について」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1422178_00006.htm

・SKYSEA Client View
https://www.skyseaclientview.net/

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